記録がでてしまいました。
これはもう確実にLRのスゴさの『証明』としかいえないねえ。

やっぱり一国民としてはなんの心配もなく着たい水着をきてもらって
たくさんメダルをとってきて欲しいなあ。


今まで散々選手に投資して練習のバックアップしてきたのは各メーカーなんだろうけど、

それでも
『好きな水着を着るがいいさ!がんばれよ!』
と表明するメーカーがいたりしたら
カッコイイな。


損はするかもだけどイメージアップをはかるか、
結果的にひんしゅく買うかもしれないリスクのある選択をとるか
気になるところ。
愛情たっぷりは手間がかかる
こないだ梅田の百貨店でうろうろしてたときのこと。
休憩スペースにちっちゃな赤ちゃんを抱いたお母さんがいました。

どう見てもギャル。
ホットパンツにヒールの靴。ありえん。
どーせ、デキ婚なんだろーなー…、と思いつつ
赤ちゃんの顔を見てみると。
ほとんど目が開いてないじゃん!!
生まれたてじゃん!!

そんな小さな子をつれて人が多い土曜日の都会でショッピングなんて…。
その子が幸せになれるよう、祈りたくなりました。
そしてダンナはまるでホスト。。。
ガンバレベイビー!

最近、こういうギャルママ多いね。
ホント母の自覚ないまま
子どもだけできちゃった、みたいな。
動物的な本能ですら狂う時代なんだろうか。


日本はもっと真面目に性教育に取り組むべきです。
家庭でセックスの話題になると大半は逃げるように引っ込んでしまう。
その結果がコレでしょう。


でも、反面ここ数年子どもを手間ひまかけて育てよう
っていうお母さんも増えてきたみたい。

街を歩いていても
最近はベビーカーではなくおんぶひものお母さんを見かけることが多い。

お母さんお父さんの暖かい胸や背中で育つ子は
きっと愛情たっぷり感じることができると思う。

自転車に子ども乗せるのも、理由があるにせよ
子ども第一で考えたら、私は反対だけど
近頃は安全を考えてヘルメットをちゃんと付けさせる人が増えてきた。


そして、もうひとつ。
布おむつを使用する人がも増えてるらしい。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/cosmetics/?1212927402

それはそれは大変手間がかかるだろうな。
でも、愛情を感じます。

そもそも、おしりにつけるのは多分布の方が通気性があってよいはず。
女性なら生理に例えたら分かるんじゃないかな。
自分は生理中は非常に不快なので。。。


こんな風に、最近の若いお母さんは
子どもとの接し方をとてもよく考えてる。
なんとなく、その気持ちわかるなあ。


私はまだ親になったことないから
「なにをえらそうに…」
といわれるかもしれないけど
将来は思いっきり手間ひまかけて育てたいなあ。
そう考えたら、やっぱり働き方というのも今のうちに考えておかないといけないなあ。
ガソリン価格の高騰とエコ意識。
テレビではやいのやいの行ってますが。
ガソリン価格高騰。

広島でドライブしてるときも
やったら渋滞すると思ったら、ガソスタに並ぶ車だったりして
みんないろいろワイワイしている様子。


でも、、、
思うに
なるべく車を使わない努力って
地球にとってはとっても良いことなんじゃないの?

この際、ガソリン価格の高騰に便乗して
みんなでエコ生活してみようよ。
ってメディアでうったえたらいいと思うんだけど。

地方出身だから分かるけど
地方は交通が不便な分車社会で
車社会な分、ほんっと車に頼りすぎ。
ちょっとの距離なら歩く、っていう意識は
田舎モノの方が無い気がするなあ。

昨日テレビでもやってたけど
エコにはお金がかかるのだよ。
便利さとエコさは相反するのです。

でも、未来のことを考えていくことが
いずれは国や国民の本当の意味での豊かさになるのかもね。



そもそもガソリンなんて
これから先、いつなくなるか分からないのだしね。

確かに家計に影響はあるけど
何にせよ、騒いだって仕方なし。
良いように働きかければ、良いようになる。


今回の騒動は
日本人のエコ意識の低さもチラリと垣間見える出来事です。

ちなみに、
ドイツの月々の電気代は9千円なんですって。
自然の力を利用した発電にお金がかかるから。
でも二酸化炭素排出量は年々着々と減ってるって。
素晴らしい取り組みじゃありませんか。
日本だったら、国策でこういうことをしようとしたら、、、
大反発されそうね。
国民いじめだと。
国会議員様様
国土交通省のとあるお役人が
一年で500万だかそんくらいタクシー代に使っていたそうな。

普通の企業だったら、ありえない
とか言う話はテレビでさんざん言ってたからいいとして。

テレビで民主党の議員が立ち入り調査していた場面が流れていました。

あんまりよく聞いていなかったんだけど
国土交通省の人が何かよろしくないことを行ったのでしょう
その民主党の議員は声を荒らげて

「国会議員に向かってそういう言い方あるか」

的なことを言ってました。
ちょっと違うかもだけど、内容はともかく

『国会議員に向かって』

ってとこが、気になった。
余計な一言。
てゆーか、がっかり。
自分で

『国会議員様』

と思っているのかー。と。
こういうぽろりと出た一言こそ、ホンネだったり。
この方は普段から一般庶民を下に見ているんだな、きっと。
いくら国民ウケ狙ったパフォーマンスしても
表面だけってことがミエミエでした。
死刑判決
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000069-jij-soci

歴史的な判決でした。
当然の結果と思う。

弁護側は弁護側の主張する事実を認められなかったと言っていた。
事実とは何なのか。
弁護側としては計画性が無かったことや
殺意が無かったことを事実として主張していた。

私は法については素人だけど、私なりに考えた。

事実って、
計画性があったとかなかったとか
殺意があったとかなかったとか
そういった感情的な部分は全て排した
ものごと、できごとそのもの。

つまり、計画性の有無、殺意の有無なんて関係なく、
もっと言えば、被害者が可哀想だという感情も省いたものが
事実なんだと思う。

・見ず知らずの女性と子どもを
・水道の配管工を装って
・殺した
・そして女性を死姦した


十分な事実。


死刑制度自体のあり方に対しては
生きて苦しみ抜いて暮らすのも十分刑に値する、
死刑にすると全てが無になってしまう、
という意見もあるけど

私自信は死刑制度は在るべきと思う。
そして、そのためにはかなりの時間がかかっても
今のようにじっくり審議する今の制度は必要とも思う。


たとえ罪の意識に苛まれようとも
生きている限り、日々食事だとか睡眠だとかで
生理的欲求が満たされる。
そしてそれが加害者の小さな喜びになるのかもしれない。


私が被害者の遺族なら
そんな小さな本能的な喜びですら
与えたくはない。
全て無にしてやりたい。
そう思うでしょう。

どこかで生きていて
もしかしたら何十年後に世の中に出てくるのかもしれない。
そう思いながら、残りの人生を安らかに過ごせるものでしょうか。

何より、被害者の遺族の人生は
少なくとも一度は
加害者の手によって
殺されたも同然。

さらに法廷の場で何度もむごい事実を突きつけられ
何度も何度も記憶をえぐられるわけで。


死刑よりほかないと思います。



ただ、まだ弁護団側は上告すると言ってるようで。
ルールの範囲内だから仕方ないけれど。

彼らが本当に心から加害者を弁護するならば
せめて加害者を
事実を受け入れさせ反省を促し、
その上で、減刑を求めるべきだった。

良い訳の材料ばかりを与えていた印象。
そして、少年を死刑制度廃止のエサにしていた印象。


彼らには弁護士としてのあるべき姿・信念が感じられない。

ホントに法律にはうといから良く分からないけど
今後上告が認められたとしても
被害者が納得のできる判決を望みます。


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